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2011/02/16

『あしたのジョー』

2001年6月3日
8年看護してきた母が他界。

言葉では表現出来ない想いに囚われ
落ち込み不安定になっていた。
看護から解放されたなんて思いより
深い喪失感に覆われた。煮干し出汁

3カ月が過ぎ
ほんのちょびっとだけ気分が変った。
そこで『あしたのジョー』文庫版を
大人買いした。
思い立つとガーッと行動してしまう。

とてもよく描かれていた。
自分の気持ちにも合ったのだ。
他の物語では多分受け容れられなかった。


それから3カ月後の2001年12月6日
父が他界した。

ジョーと同じ孤児になった。
・・・
孤児って年齢じゃないけどね。
立派な大人の年だけれど
重い鬱とショックで寝込んだっけね。
今でも後悔は沢山ある。

真っ白な灰になるまで生きたい。
自分には難しいから尚更そう思う。



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コメント

非公開コメント

ジョ~ッ!

立つんだ、ジョーッ!
hilow坊、ワイも好きやったv-15

いいですよねー

ひとりさん、力を貰えますねv-217
間違いなく名作の1つですよね!

己れの中のジョー

自分自身も『あしたのジョー』という作品にたいして、格別な想いがあります。

斉藤貴男という優れたノンフィクション・ライターが梶原一騎の評伝記を書いてますが、それを読むと、作画を担当したちばてつやは、最後のページを画き終えた瞬間、文字通り、ジョーと同じように「真っ白な灰になって」燃え尽きたそうです。

だから連載を終えた後、今に至るまで、ただの一度も読み返してはいないそうです。

片や原作を担当した梶原一騎はどうだったか?

実は最終回のラスト・シーン、事前に梶原が用意したストーリーは採用されず、ちばの練った案が採用されました。

最後の最後に梶原は「煮え湯を飲まされた」のでした。

つまり、梶原にとって『あしたのジョー』という作品は“不完全燃焼”なまま、ピリオドを打ったのです。

この辺りの詳しいいきさつについては斉藤貴男著『夕焼けを見ていた男』新潮社を参照してください。

「真っ白な灰になる」という一事を以って、ジョーのボクサー人生は幕を下ろしましたが、されど、その他大勢の凡夫たる我々は、その後の「しち面倒くさい人生」を生きてゆかなければなりません。

燃え尽きるのは一瞬だけれども、我々の大半は燃え尽きた後も、なお引き続き「この鬱屈たる人生」を生きてゆかなければならない。

それが、或る意味、人生の一面の真実を照らしているのかもしれません。

真実なるものが、必ずしも自分にとって望ましいものであるとは限らない。

それを笑えるか、受け容れるか、吹き飛ばすかは、各人により様々だと思います。

hilowさんならどうしたいですか?

3

この数字を教えてくれたhillowさんに感謝!v-127
今日は久々にパニックが襲いかかり、参りましたv-40
丸1日、薬飲んでなかったからかも・・

答えは

遠愁さん、ずれていると思いますが
私は自分がいなくなった後

バカなヤツだったよねe-455

と笑って欲しいと10代から考えていました。
なので
そういう人生を送りたいですね。

今までを思い起こせば
まだまだ30波乱くらいあるかも知れませんし
生き抜くと覚悟はしたものの自信はありません。

さてさてどう致しましょうかね。

不思議だよねー

yoko_onoさん、このサイクルは。
私も今日はダメだったなぁ~。
珍しく頓服飲んでみたよv-310
なかなか好くならんよねー